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40歳の誕生日を迎えた朝に。

童話大賞受賞のことで、静岡新聞朝刊の「この人」欄で紹介してもらった翌日、小学校5年、6年のクラス担任だった先生から電話をもらった。

「ついにやりましたね。君はいつかやると思っていましたよ」

熱中先生だった当時とは打って変わり、おだやかな口調になっていた。

聞くと、今年1年間で定年退職を迎えるという。

現在は2人のお孫さんがいて、僕の本が出版されたら、そのお孫さんたちにも読んであげたいと言ってくださった。

賞を取ったことでいろいろな人から「おめでとう」の声をいただき、本当にありがたかったけど、中でも、小学校の時の先生がわざわざ電話をしてくださるといは、驚きであり、うれしかった。

思い返せば、小学校5、6年生の時、すでに、今の僕の原型が出来上がっていた。

クラブ(課外授業の部活とは違い、授業としてやるやつです)では、まんがクラブに所属し、自分でストーリーを作ったマンガを一生懸命描いていた覚えがある。

クラスでは、新聞係を買って出て、先生やクラスメートの似顔絵に、記事を書いて壁に張り出すと、大いに受けた。

それがうれしくって、大人になったらそういう仕事をやりたいと思い始めた。

その夢がかない、僕は、今、市役所で、広報紙やガイドブックをつくる仕事をしている。

この春も異動にはならず、7年目を迎えた。

自分が好きな仕事をやらせてもらえるというのは大変ありがたいことではあるのだが、2~3年前からこんなことを思うようになった。

僕が一生懸命取材をして作った広報紙。

表紙の写真もばっちり決まった自信作だ。

編集後記に、自分の名字の頭の文字をサイン代りに入れたから記念にもなる。

30万部も発行しているので、多くの人に見てもらえる。

そんなにうれしいことはない。

だけど、それは「広報はままつ」というネームブランドがあるから、読んでもらっているのだ。

自宅の両親や姉くらいは、編集後記を見て、「見たよ」と言ってくれる。

だけど、それ以外の人には「今回の広報は僕が担当したんだよ。見て見て見てよ!いいでしょ」って言って回らなければならない。

ならば・・・・、夢をさらにひとつ高めたい。

それは、自分自身の名前で本を出すことだ。

小説を書き、全国公募に応募する。

そして、賞を取り、商業出版してもらうのだ。

こんな妄想にも近い、大胆な夢を抱いたわけだが、以外にもその夢が実現することになってしまった(本当に驚きである)。

担任の先生が「いつかやると思っていた」と言ってくださった言葉の裏にはもう一つ含みがある。

当時の僕は絵を描いたり、文章を書いたりするのが得意だった一方で、体育が大の苦手だった。

小学校5年生になると春と秋にスポーツテストをやるようになる。

それまでも体育の苦手意識はあったのだが、ボールを投げたり、走ったりする記録を客観的に出されると、きわめてわかりやすく、自分の運動能力がないことを思い知らされた。

中でも苦手だったのが、ボール投げ。

まだ小学生の時は、体育の授業は男子も女子も一緒にやっていたので、男子がボールを投げると女子が測定するということになっていた。

みんな、ひょいひょい、投げて記録を出していくのに、僕が投げると全然飛ばない。

後ろのほうで待っていた女子は、拍子抜けして前のほうに走り、僕の記録を大声で叫んだ。

それはこの上ない屈辱だった。

小学校5、6年のころはただでも女子のほうが体力が上回っている時期なのに、笑うなんてひどいじゃないか!

学校で悔しい思いをしたということを家に帰って父親に話した。

それだったら、「お父さんが特訓してあげるよ」と父は言ってくれた。

翌朝から早起きして近所の公園に行ってキャッチボールをやってくれたのだ。

その特訓は2~3日、続いたのだが、父親もそれなりに忙しく、毎朝は付き合っていられないということになった。

だったら、ひとりでもやってやるぞ!だけど、ボール投げはやっぱり苦手だ。それだったら、一人ででも練習できる走りだ。

そう決めて、毎朝早起きして家の周りを走りだした。

それが1年続いた。

さすがに、1年間も走り込みを続けると成果が出る。

5年生の時の冬のマラソン大会は、学年でも後ろから数えたほうが早い100番台。

それが6年生では20番台になっていた。

そんな努力にいち早く気づいてくれたのがその先生で、人知れず僕を応援してくれていた。

それから3年後、高校受験では、志望校に合格し、そのことを電話で伝えた時も「ついにやったな。お前なら絶対やると思っていたよ」と言ってくださった。

そんな言葉を25年ぶりに聞くことができ、本当にうれしかった。

今日、僕は40歳の誕生日を迎えた。

今朝も早起きをして家の周りを走ってきた。

これからも、僕はコツコツと夢に向かって走っていきたい。

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コメント

お誕生日shineおめでとうございます。

40歳代では何にチャレンジしますか?
なみパパさんの「コツコツ」に、とき葉は学ぶところいっぱいです。

投稿: とき葉 | 2009年4月20日 (月) 22時36分

40代は30代とは違った大変さがあると思う。
まずは、家を買いたいと思っているから、ローンも払わないといけない。
子どもたちも小学生になる。
両親だって年をとってくる。
仕事もそれなりに責任がついてくる。
それでも、まぁ・・・毎日毎日を頑張りたいと思います。

投稿: なみパパ | 2009年4月25日 (土) 15時15分

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